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2011年12月 アーカイブ

連盟の活動と限界 3

紛争地域に軍人を派遣して、問題の解決に当たらせるという試みが、既にこの当時から行われていたということです。


・・・このような試みが試行錯誤を重ねる中で、次第に今日につながる貴重な先例として受け入れられていったのです。


第二次大戦後の国連の平和維持活動はまさに、このような歴史的産物でもあることを踏まえておきたいものです。


後半期の挫折例としてはまず、私たち自身が忘れてはならない柳条溝事件および満州事変を取り上げましょう。


1931年9月に関東軍が事件を起こすと、中国政府は、規約第11条に基づいて理事会の開催を求めました。


開催された理事会で、中国は調査委員会の派遣を求めたのですが、日本が拒否して実現せず、結局、理事会は、日中両国が正常な関係に戻るよう求めるだけで休会を余儀なくされました。


戦線が拡大する中で、理事会は、非公式協議を重ねたのち、日本の撤兵を求める決議を行いました。


・・・この決議は、日本が拒否権を発動したために成立しません。


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