連盟の活動と限界 4

こうして理事会は、日本の軍事行動をチェックすることはできませんでした。


そこで中国は、事件を総会に移すことを求めました。


しかし日本の侵略は続き、総会は全会一致(日本は反対、シャムは棄権)で日本軍の撤兵、満州の中国主権回復等を求めたのですが・・・


日本は、連盟を脱退するという挙に訴えて、国際社会の明確な意思表示に真っ向から挑戦したのです。


連盟は、日本のこの行動に対してそれ以上何もできませんでした。


あとに申し上げるべきことですが、日本のこのような行動こそが、のちに国連が武力制裁の可能性を考えざるを得なくなった一つの大きな原因となっていることを忘れるべきではありません。


つまり、連盟のたび重なる関心表明にもかかわらず、日本がこれを無視し、中国侵略を強行したこと、そしてその日本に対して連盟は実際上何もできなかったこと。


・・・このような苦い経験が、国連をつくる段階で、国際秩序の違反者に対して最終的には武力による制裁措置を講じる余地を設けておくべきだという判断を生んだのです。


連盟の活動と限界 3

紛争地域に軍人を派遣して、問題の解決に当たらせるという試みが、既にこの当時から行われていたということです。


・・・このような試みが試行錯誤を重ねる中で、次第に今日につながる貴重な先例として受け入れられていったのです。


第二次大戦後の国連の平和維持活動はまさに、このような歴史的産物でもあることを踏まえておきたいものです。


後半期の挫折例としてはまず、私たち自身が忘れてはならない柳条溝事件および満州事変を取り上げましょう。


1931年9月に関東軍が事件を起こすと、中国政府は、規約第11条に基づいて理事会の開催を求めました。


開催された理事会で、中国は調査委員会の派遣を求めたのですが、日本が拒否して実現せず、結局、理事会は、日中両国が正常な関係に戻るよう求めるだけで休会を余儀なくされました。


戦線が拡大する中で、理事会は、非公式協議を重ねたのち、日本の撤兵を求める決議を行いました。


・・・この決議は、日本が拒否権を発動したために成立しません。


連盟の活動と限界 2

前半期の成功例としてよく紹介されるのは、1925年10月のブルガリア・ギリシャの軍事衝突のケースです。


ブルガリアは、ギリシャ軍の侵攻を訴えて理事会の開催を求めました。


開催された理事会は、まず双方の休戦と即時撤兵を要求しました。


ブルガリアとギリシャがこれを受け入れますと、理事会は、イギリス、フランスおよびイタリアの軍人を現地に派遣して、両国の行動を現地で検証させました。


・・・こうして、ブルガリアによるギリシャの侵略に対する非難のあった9日後には、派遣された軍人は、現状回復が実現したことを報告できたのです。


この事件において注目しておきたいことは、従来であれば宣戦布告の権利という国家のもっとも基本的な権利に関係する問題に、連盟が規約に基づいて直接踏みこんでいったということと、これに対してギリシャもブルガリアもなんら異論を唱えなかったということです。


もう一つ着目しておきたいことがあります。


連盟の活動と限界

国際連盟がどのような機能を営んだか、また、その問題はどこにあったのかについて見ておきましょう。


まずは国際紛争処理。


政治的な国際紛争に関する連盟の業績については、総じていえば、批判的にみる傾向が強いようです。


しかし、この問題は、連盟が活動した約2十年間の前半と後半とを分けてみる必要があると思われます。


つまり最初の10年間を取りますと、連盟に持ち込まれた紛争の数は約3十件あったとされます。


これらの事件は、小国間の紛争という性格のものでしたが、連盟は、それなりの調停能力を発揮しました。


しかし30年代以後になりますと、満州事件、イタリアのエチオピア侵略等、主要大国が紛争の当事国になり、連盟の調停を無視し、さらにはこれに公然と対抗するようになって、連盟が対処能力を持たないことは、誰の目にも明らかになっていったのです。


・・・次回からは、よく紹介される前半期の成功例一つと後半期の挫折例2つをそれぞれ見ておきましょう。


問題を"糧"とする心 2

人間の体は、食べものを糧とし、それを自分で消化・吸収していくことによって活性化し、成長していきます。


心は、問題を"糧"とし、それを自分で「消化・発見」していくことによって、活性化し、成長していくのです。


幸いなことに、仕事においてはこの"糧"に不自由することはありません。


その目で見れば、問題はいくらでもころがっています。


ついでに記せば、「参加」の第一段階は、状況認識の共有化、すなわち状況への参加です。


これなくして真の「参加」はありえないでしょう。


・・・仕事の状況は、たえず変化し、いろいろな外形を装って問題として現れてきます。


考えた通りに進むことはむしろ少なく、思ったよりもうまくいっていることもある一方で、乱れも生じるし、うまくないことも起きてきます。


その、乱れたり、うまくいってない状況こそ、より生々しく迫ってきて、人びとに強い相互作用をもたらすのです。

問題を"糧"とする心

これに対して、問題を顕在化させて、人びとをできる限り生々しい状況においておこうとする文化があります。


状況を共有し、人びとが状況と相互作用していく文化です。


それは、組革研の根幹をなしているものです。


多くの人たちが、組革研のサービスセンターを担うマネジメントセンターの若い男女諸君の働きぶりを見て、「どうして、あんなに素晴らしく働けるのだろう」と激賞しますが・・・


これもまた彼、彼女たちが、生々しい状況、つまり問題だらけの真っただ中におかれているからです。


組革研の流れに限らず、意図せずしてでしょうが、若々しい成長企業にこれが見られます。


人びとは、問題、つまり状況の生々しい事実に出会うと、それをその人なりに、あるいはその集団なりに、否応なく消化し、ときに発見していくことになります。


このときに、状況がその人びとに共有され、人びとの心が動いて、それを何とかしたいという思いとエネルギーが芽生えてくるのです。

"人間力"とは 3

期待され、そのように設計された道具力のみを出させきるのには、問題だらけの状況は、その力の所有者が人間であるということを考えると、むしろ妨げとして作用しかねないからです。


つまり、道具力発揮の障害となるようなものは取り除かれ、それ向きに整然となるように化粧されて、状況が人びとに与えられてきたのです。


ロボットに対するそれと同じようにです。


状況は、より上、あるいは中枢のスタッフが認識していればよかったのです。


過保護と言われるものも、これと同じです。


幼児を砂場で遊ばせるのに、傍に救急箱を用意し、先に自分が砂場に入ってくぎや缶のリップなどの不純物をすべて取り除くというようなお母さんが増えているそうです。


親の設計通りに整然と育つことを願うがあまり、愛するわが子と状況との相互作用を断ってしまうのです。


これでは、動物園のおりの中の動物と同じではないでしょうか。


まさに、人工化された贋の状況の中で生かされているのです。


別言すれば、その気を出さなくてもよい、自らは動かなくてもよい状況が用意されてしまっているということです。

"人間力"とは 2

ここで言う嘘つきとは、問題だと思われる部分を潜らせる・・・


あるいは当たり障りのないように加工して他に伝えようと努めるから、結果としては、問題を隠したか、偽わったか、あるいはでっち上げたことになってしまう、ということです。


上への報告、下からの報告の中身はどうでしょう。


たぶん、まずいことは少なく、うまいと思われることのほうが多いのではないでしょうか。


たとえいくらかでも挑戦的に仕事をやっているのなら、現実はままならぬことのほうが多いのに、です。


問題は厳然として存在しているのに、まずいと思われることには蓋がされ、都合のいいことだけが目立つように、実態が厚化粧されてしまったのでは、人びとは、贋の状況の中で仕事をしているということになります。


・・・このような文化の中では、人びとは、状況をまともに認識することはできず、したがって状況との相互作用は断たれているのです。


「人を道具として」の人間観による「人びとと仕事とのかかわり合い」の場では、このような文化のほうが都合がよかったのです。


・・・というよりも、意図してこのような文化が作りあげられてきたとさえ言えます。


道具カの保護のためにです。

"人間力"とは

問題が、見えにくくなっている組織集団と、見えやすくなっている組織集団とがあります。


人間は誰でも、自分にかかわって問題を見たり、聞いたり、抱えこむのはいやですよね。


できれば避けたいものです。


したがって、見たくないもの、見ないで済むものは、視界に入っていても、それを省略して見ないようにしてしまいます。


聞きたくないもの、聞かないで済むものについても同様です。


・・・自ずとそう動くように、人間はできているようですね。


それを助長しているものが、問題を起こさないことを是とする文化です。


老化した組織集団は語るに及ばす、成熟した組織集団は、多かれ少なかれこの文化を持っています。


このような文化の中では、いつの間にか人びとは、状況に対して"盲目"になっていきます。


さらに、誰でもが、いつの間にか嘘つきになっていきます。


ありのままでは、周囲が受け入れない、あるいは認めないからです。


自然がつくりだした防御壁

その土地本来の自然林は基本的には「管理しない管理」によって、そこのあらゆる自然環境の総和と対応しています。


気候などの自然環境が大きく変わらない限り、動的平衡状態を保ち、持続する・・・。


また、その土地本来の自然植生とは、海岸ぞいのシイ・タブ林、内陸のカシ林あるいは山地のブナやミズナラ林などをみるとわかるように、高木層・亜高木層・低木層・草本層と垂直的には3層ないし4層群落から成り立っています。


これは園芸が趣味でペンタキープなどを行っている人ならわかるでしょう。


ところで、これらの森林が道路・芝生・水ぎわなどの開放景観と接するところをみてみましょう。


そこには一見その森林にとって邪魔物に見える、しかし実は外套のような森林の保護組織としての低木やツル植物からなるマント群落がまわりをかこんでいます。


さらにそのまわりには裾模様状にソデ群落が発達しています。


これらのツル植物や低木類は、実はその土地本来の自然林を囲んで林内に急に風や光が入らないような森林保護の役割りを果たしているのです。


したがって、その土地本来の自然林は、たとえ幅が5メートルでも、また3メートル、2メートルであっても、垂直的には高木層・亜高木層・低木層・草本層という具合に多層群落を形成するのです。

アーカイブ

2012:01 2011:12 2011:11 2011:10 2011:09 2011:08 2011:07 2011:06 2011:05 2011:04 2011:03 2011:02 2011:01 2010:12 2010:11 2010:10 2010:09 2010:08 2010:07 2010:06 2010:05 2010:04 2010:03 2010:02 2010:01 2009:12 2009:11 2009:10 2009:09 2009:08 2009:07 2009:06 2009:04 2009:02 2009:01 2008:11 2008:07

管理人のお気に入り